■それぞれの高円寺

東京の中でも高円寺という街に思い出を持つ人はたくさんいると思う。この街に集まってくるのは夢を持った人。音楽や演劇、お笑いなど芸能や芸術家を志していて、中には大変特殊な活動をしている人もいたり、いつの時代もおもしろい人が集まってくる素敵な街。


僕もそんな高円寺という街に憧れて、はじめてひとり暮らしをする時はこの街を選んだ。そして北口から徒歩15分、もはや区境を越え最寄駅さえも違う中野区大和町野方駅周辺に住んでいるのに「高円寺に住んでいます」と言い張る人がたくさんいる事を知った(僕もそうだった)。


去年の夏、長年高円寺に住んでいた友達が引っ越しをする事を知った。彼はちゃんと高円寺に住んでいた。いや、住所的には高円寺と言って差し支えないし、彼自身も真面目な人なのだが、果たして本当に「ちゃんと」と言っていいのかというと不安がある。例えば彼の上京のエピソード。東京旅行が楽しすぎて「このままここに住もう」と決めたものの、旅行で資金がなくなり即野宿生活。なんとか工面してやっと得た住まいが高円寺のこの部屋という具合だ。
部屋に一度遊びに行ったことがあるが、ロフト付きのワンルームで、ひとり暮らしにぴったりだなと思った。しかしその部屋には他に同居人もいて、ひとり暮らしではなく、ルームシェアしながら生活していた。僕が遊びにいったその日は他にも何人かが集まっていて、みんなで騒いでギュウギュウの部屋の中で僕たちはもはや「ちゃんとした人」とは言い難い集団を形成していた。その中心にいるはずの家主の彼はいつしか部屋の隅に追いやられている。彼は見た目優しくて大人しい。なのに、やたらと行動的なところがあり、僕はそのギャップにいつも刺激を受けていた。


彼の部屋に遊びに来る人の中に、彼の恋人がいた。ふたりとも僕が当時やっていたバンドを気に入ってくれていて、よくライブを観に来てくれていたのもあって、ある時期はしょっちゅう一緒に酒を飲んだり吐いたり転げ回ったり楽しい日々を過ごしていた。
しかし僕のバンドはいろいろあって活動がなくなり、次第に彼とは会う機会が減ってしまった。とはいえ気持ちまで離れてしまった訳ではなくて、きっかけがあればいつでも会える、そんな関係だった。


去年の夏、僕はこういったメールを彼に送った。
ベナンに行くのさみしいな。彼女のお墓参りに行きたいんだけど案内してくれないかな」


彼の恋人は明るくて楽しくて、とてもいい子だった。彼は彼女の事を「嫁」と呼び、彼女もまた彼を「嫁」と呼んで笑い合っていた。ライブで全裸になり、かろうじて片手で股間を隠しながら叫び狂う僕の手を振り払って写真を撮りまくったりする子だったので、みんなの人気者で、お別れの時は本当にさみしくて悲しくて、だからまた会いに行きたい、お墓参りに行きたいとずっと思っていた。

10年経ち、僕はあの頃と生活や活動しているバンドも変わってしまったが、彼もまたしばらく会わないうちにぶっ飛んだ状況になっていた。彼は「ベナンに行く事にした」という。視覚障害をもつ子ども達を対象に、福祉の仕事をするらしい。え、ベナン? ってアフリカ? ひえー。なんか展開凄い。


そういった連絡を何度かやりあって、彼と久しぶりに会った。待ち合わせは高円寺駅改札。ライブの打ち上げでよく行った中華屋成都の定食を食べた後、ぶらぶらしたり夜まで公園で話をしてたりして、お別れに太陽のラーメンを喰らった。別の日には円盤の下を通って、高架下の無力無善寺の前、タブチに行って「最後の晩餐だぜ」と慣れ親しんだ味を噛み締めた。そしてついに彼は高円寺の部屋を引き払った。


春の始まりの日、もうすぐ彼女の誕生日だという日に、高円寺駅南口ロータリー、四丁目カフェの下に集合してレンタカーでお墓参りに行った。このツアーの為に、彼は同行者も募ってくれた。乗れるだけ乗ったギュウギュウの車内で、あの子も好きだったバンドのレア音源を聴いた。引き払ったあの部屋で行われたあのカオスな集まりにいた人も一緒だ。道中下ネタ縛りのしりとりをして、小学生レベルの下ネタやここに書いたらブログの利用規約に違反するようなワードが飛び交い、死ぬ程笑った。


彼女は亡くなる少し前、僕に会いに来てくれた。ちょうど「たまの映画」公開の頃で、僕も出演した関連イベントに来てくれたのだが、一目で完全にボロボロな様子が分かり、特に下半身が弱っているのか杖をつきながら「ケツが風邪引いちゃいました」と笑わせてくれた。僕が聞いたこともない病気のせいで、あっという間にその日が来てしまった。彼女との楽しかった時間は沢山あって、けれどそれを思えば思うほど悲しい気持ちになった。時間はずいぶん経ってしまったけど、やっと会いに来れた。
ここに彼女は眠っているのか。
お墓に手を合わせながら思った。
彼は今も君を「嫁」と呼んでいる。
ベナンは遠いから、彼の代わりに僕がまた来よう。
そして彼が帰ってきたら、一緒にまた来よう。


その後の話。
お墓参りツアーが終わった頃から雲行きが怪しくなってきて、あっという間に世界中が新型コロナウイルスにやられてしまった。おかげで予定していた彼のベナン行きも延期になってしまったらしい。仕方ないと言えば仕方ないが、あんまりだと言えばあんまりじゃないか? ウイルスは人々の生活の心配なんてしやしないし、よく見るとウイルスみたいな人間がうじゃうじゃ増えている事もつらい。人類みんな優しい気持ちで生活できたらいいのに。


そう言えば、あの部屋を退去する時、彼は「日本に帰って来たらまたここに住みたい」と言っていた。
彼は大人しい顔して這い上がる力が半端ない。きっとウイルスなんかに負けず、また野宿しながらあの部屋に辿り着くかもしれない。
それぞれの高円寺

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