■『クソ』


『クソ』

 僕はクソだ。
 少女の中から生まれ出るクソだ。
 出来る限り、毎日、毎朝、決まった時間に生まれることを心がけている。
 少女が日々どんな食生活を行ったのか、全て把握している。
 何時に寝て、何時に起きたのかも把握している。僕は少女を尻の真下から見上げる。
 何も履いていない少女の尻を見上げながら生まれ、すぐに僕はおぼれてしまう。
 これをもう何年も繰り返している。やることは他にない。単調な毎日。
 こんな僕は、クソ野郎だ。
 卑下しているわけでなく、本当の意味で、僕は少女の「うんこ」なのだ。


 クソである僕は少女と密接な関係であるが、所詮「人間と排泄物」であることは変わらなかった。僕はクソで汚なくて臭くて誰からも邪険にされていて、それが当たり前だと自覚していた。


 しかしある時、少女はお尻を拭く際に誤って僕に触れてしまった。誰からも汚らわしい物とされていた僕は始めて人間の温もりを知ったのだ。一瞬の出来事であった。


 僕はそれから毎日出てくるたびに少女が自分に触れてくれないかと空想した。
 自分がクソである事を忘れ、空想した。クソなだけに空想した。少女と話がしたかった。出来ることなら抱きしめたかった。もう一度、触れて欲しかった。


 僕は出来ることならずっと少女と一緒にいたかったのだが、少女の健康を気遣い、毎朝決まった時間に出た。おぼれるのは苦しいし、離れるのも辛かったが、僕はクソだから、邪魔なものなのだと知っていた。


 僕が少女から離れることで、彼女はどんどん綺麗になっていった。僕はクソの癖してこれまで考えた事がない事を考えるようになった。そして新しい感情がめばえているのを感じた。僕は自分の想いを伝えたかったが、この感情がいったい何なのか解らなかった。これまで僕は誰かと自分の考えを分かち合うということを一切してこなかったし、その必要もなかったのだが、今は違った。


 僕はこの感情に名前を付ける事ができなかった。僕はクソだからクソなりの事しか理解できなかった。このどきどきする気持ちはなんなのだろう、病気なのではないか、と思った。ただ少女と話がしたい。少女を抱きしめたい。この世の悪から守ってやりたい。僕はこれまで日がな一日何も考えていなかったが、初めて何かをしたいと思うようになっていた。


 ある日僕は便器に飛び込む際、自分の体を引きちぎって、

「こんにちは」

 と文字を書いた。


 少女は僕からのメッセージに驚いていた。
 僕からのメッセージは少女がトイレに入った際にのみ書くことができるクソ文字しか手段がなかった。翌日は自分の体をちぎって、

「また さわって」

 と書いた。少女は不気味がって、すぐに僕は流された。
 やはり、僕は汚らわしいものなのだ。しかし、メッセージを送らずにはいられなかった。どうすれば僕は彼女と会話ができるのだろうか。
 相談できる相手がいるわけもなく、僕はひとり考えていた。


 やった!
 翌日の排便時、僕は少女にばれないよう、スカートにちょっとだけひっつくことに成功した。少女はそのまま学校へ出かけていった。電車の中で彼女はかすかに僕のにおいがすることが気になったが、まさか自分のスカートに僕が付いているとは思わず、そのまま正門をくぐった。


 少女は教室に入り、「おはよう」とクラスメイトに挨拶をした。僕は少女の声を初めて聞いた。とても美しい声だった。少女は自分の席についた。教室にはたくさんの少女がおり、みな一様に美しかった。けれど僕は知っていた。このたくさんの美しい少女の中は僕のようなクソで満たされているということを。僕なんかは毎日きちんと出ているので良心的なクソと言えるが、クソの中には毎日出ていない悪質な者もいると聞く。
自分は少女にとってなくてはならない、すばらしいクソなのだと自負した。


 少女は自分の席について、友人たちと会話を始めた。僕の事を話していないか聞き耳を立てていたが、まったく話題には出なかった。
 しかしある瞬間、少女と会話をしていた者のひとりが、

「なんか臭くない?」

 と言った。


 ようやく少女は自分のスカートに僕が付いている事に気が付いた。僕のにおいが教室の片隅から、次第に全体に広がっていった。少女は僕がついた部分のスカートをつまみながら、

「ああああああぁどうしよううううううううあぁぁぁぁっ!!!」

 と慌てふためいた。


 教室の中は騒然となった。少女は、

「違うの! お隣が飼ってる犬のがついちゃったの!」

 とごまかしたが、僕は、

「いや、僕はれっきとした君のクソだ」

 と思った。それでもなお少女は、

「違うのぉぉぉぉぉおおお!!!!」

 と、「君のクソである僕」の存在を認めようとしなかった。


 僕は今日一日スカートにひっついて、降りかかる危険から少女を守るはずだった。
 しかし少女は更衣室に向かい、ジャージに着替えながら、

「もうやだ」

「こんなの付いてるなんて、なんで?」

「死にたい」

 と言い、僕がついたままのスカートをコンビニの袋に入れてゴミ箱に捨てた。

 密閉されたコンビニ袋の中の僕は次第に苦しくなりながら、ぼんやりと考えた。

「もういちど、さわってもらいたい」

 僕は少女に触れられた一瞬の出来事から、自分がクソであることを忘れてしまった。
 今は口が縛られたコンビニ袋の中にいる。
 自分の臭いでむせ返りそうになりながら意識が遠のいて行くのを感じていた。


「僕は、クソだ」




 おしまい