■さよならソウルシルバー

  1学期が終わってすぐ、入院していた友達が死んだ。
  2学期が始まって2週間とちょっと。僕は君の家を訪ねて行った。君のお父さんが、僕を迎えてくれた。おじさんとはしばらく会っていなかったし、二人きりで会うのは始めてだった。

「ごめんなヒロポくん、わざわざ来てもらったりして。君に、これ、返さなきゃならないと思って」

  そう言っておじさんは『ポケットモンスターソウルシルバー』を僕に手渡した。

「いいんです。これ、プレゼントのつもりでしたから。セーブも消していいって言ってありましたし」

  おじさんは昔から身体の弱かった君を気遣ってか、君の友達、つまり僕なんかとも一緒によく遊んでくれた。休みの日はサッカーもしたし、車で遠くまで連れて行ってくれたりもした。僕は何度もおじさんと一緒に遊んだことがあるので、おじさんに対しても友達と同じような感覚で接していた。けれど君がいない今、やっぱりおじさんは僕の友達ではなかったんだと解った。おじさんは僕が君の友達だから一緒に遊んでくれたし、僕も君の父親だから一緒に遊んだんだ。
  今日はおじさんに普段使い慣れない敬語で話してしまって、少し変な気持ちがしたけど、君の家に来るのも最後になるだろうし、おじさんと会うこともなくなるだろうとも思ったし……最後くらいはきちんと敬語で話そうと決めていた。

「ほんとにいいんです。僕、新しいポケモン買いましたから」

「ダメダメ。ちゃんと持って帰ってくれよ。あいつすごく喜んで、君のおかげでポケモンにハマっちゃったんだぞ。ヒロポくん、良かったらこれからもたまには遊びに来てくれ。おじさんともポケモン対決してくれよ。おじさんだってブラック買ったんだぞ。よかったらホワイトあげようかと思ったんだけどもう買っちゃったんだな。そりゃそうだよな。ハハハ。あ、そうだ、梨食べるかい。いっぱいもらっちゃってね。よかったら貰ってくれよ」


  おじさんはそれからずっとしゃべり通しだった。君の遺影の前で「しっかりしなくちゃいけない」と自分に言い聞かせているようなハキハキした話し方や、不自然な明るい声や笑顔がつらく感じられた。君の家に来る前は、もしかしたらおじさんの前で泣いちゃうかもしれないと思ったけど、そんな余裕は無かった。おじさんの姿を見ているといたたまれなかったのだ。



  君の家を出ると、もう陽が落ちかかっていて、夕焼け空を涼しい風が吹いていた。
  僕はまっすぐ家に帰る気にはなれず、なんとなく学校の校庭に向かった。君は去年この学校に転校して来て、僕の席の隣になったのだ。
  僕はいつものように鉄棒の隣りにマウンテンバイクを停めて、DSの電源入れた。起動音と共に夜の海の画面が映し出され、ルギアが水面をうねりながら飛びだした。ルギアは『ポケットモンスターソウルシルバー』に出てくる伝説のポケモンで、君のお気に入りだ。「ぎんいろのはね」がないと現れなくて、めちゃくちゃかっこいい。もちろん僕も好きだった。

  君のデータはどうなってるんだろうと思って「つづきからはじめる」を選択すると、ポケモンセンターの中からゲームは始まった。君のポケモンボックスは驚くほど几帳面に整理されていて、一匹いっぴき、きちんと名前がつけられていた。君が捕まえたポケモンを順番に見ていくと、その中に、僕の名前があった。「あいつ入院中になにやってんだよ」と僕は思わずつぶやいてしまった。しかしそれだけではなかった。よく見てみるとポケモンたちの名前が、君が転校して来た去年のあのクラスメイトの名前でつけられていた。ごっちん、よっちゃん、クニ、チョーヤン。まだまだ、何十匹も、クラスメイトや、先生の名前まで出てきた。あの1年間は最高に楽しい時間だった。今となっては何がそんなに楽しかったのか分からないけれど、とにかく毎日笑っていられたし、僕たちがDSを手に入れたのもあの頃だった。君は『レイトン教授』を買ってもらったのに、「ポケモンやりたい。レイトン難しくて無理」といつも愚痴を漏らしていた。そうだ、だから僕は君にソウルシルバーを貸してやったんだった。


  僕はDSの電源を切った。
  このつづきをやる気持ちは起きなかったし、出来ればずっとこのままで保存していよう、と思った。
  ゲームのデータって、何十年消えないでいるのかなんて分からないし、消えたらどこにいっちゃうのかなんてこともわからない。もし君が大事にしていたこのデータが消えてしまったら……できれば、君の今いるその場所へ届いてくれればと思う。

  僕は新しいポケモンをやってるからさ。
  いつか僕もそっちに行ったら、君にたっぷり新作の話しをしてやるよ。
  その時おじさんもいたとしたら、みんなでポケモン、やろうぜ。




  おしまい