強気なヒロポ

 今日はわしの孫、ヒロポのお話。






 中野に「メカノ」というレコード店がある。メカノは世にも珍しいテクノ、ニューウェーブに特化したレコード店である。
 外は嵐が止み、小雨になっていた。閉店間際に大きな鞄を背負った男が駆け込み、店主に挨拶をする。



「それでは、よろしくお願いします……(ボソボソ)」


「こちらこそ……(ニヤリ)」


 男は大きな鞄からブツを大量に取り出し、店主に手渡した。店主は男に金を渡し、ブツを受け取る。


 黒縁メガネをかけたその男は、まんだらけの前で旧友Mにメール送信。


実はさっき家で君と電話してる最中
我慢できなくてうんこしたんだけど
流すと音でバレるからほっといたんだ。
そしたらそのまま忘れててさ
ふやけて巨大化してた。
ところでCDの納品おわったよ



 しばらくすると返信メールが届いた。


うんこってそんなことになるのか。見たこと無い。
ところでトイレが汚いのは風水的に運気が下がるらしいよ。




 男はまんだらけの前でメガネをかけ直し、藤子不二雄Aの『フータくん』を手に取った。

「100円だから買おうか。いや止めよう、お金ないし。ちょっと立ち読みして我慢しよう」

と哲学。
 無銭旅行しながら100万円貯める少年のスペクタルアドベンチャーに没頭した。




メカノの店主さんが、
インディーズのCDは半年で動かなくなるけど
バイナリキッドのはまだ売れてるって。
ジャケットがいいから手に取るって。
メカノって、ちゃんと試聴して買えるからうれしい〜!



 男は小さな事であるが、旧友に喜びを伝えた。この小さな喜びこそが自分の生きる糧であるからだ。
 バイナリキッドとは男が参加している楽団である。男の名前はクドウヒロポ。
 この日、中野で自身のバンドの売り込みをしていたのだった。



 『フータくん』を衝動買いしなくてよかった、と安堵しながら、ヒロポはその足で特殊書店「タコシェ」に向かった。

 以前この店にCDを納品しようとして失敗した事があった。タコシェ近くのプログレレコード店でCDを物色中に、財布をすられてしまったのだ。その事に気付いた孫はスリを追い掛け逮捕し、腕とベルトを掴んだまま交番に連行したのだ。結局被害者であるヒロポも警察署で5時間近く調書をとられる羽目になり、犯罪に巻き込まれるのは被害者だろうが加害者だろうが面倒であることが身にしみた。その事件以来、ヒロポはタコシェに立ち寄っていなかったのだった。



 タコシェの店員は少女の面影を残す、いかにもサブカル好きそうな中央線在住女子大生or専門学生、彼氏と同棲2年目だった。(注:筆者の独断)


 ヒロポは思った。


「この店員に対して強気な態度とれたら何かが起こる!」



 ヒロポはタコシェサブカル少女店員に「CD納品したいのですが」と話しかけ、『母さん、なんでウチにはファミコンないの?』をチラリと見せた。
 店員は「早く見せろよ」と言いたそうな表情でヒロポからCDを手渡されるのを待った。我慢強いタイプかもしれない。


「何を考えているかわからない人だ、こいつは強敵だな」


 ヒロポは相手の出方を待った。

 CDを手にしたタコシェ店員は、まず、参加ミュージシャンを褒め称えた。
 ヒロポは我が事ながら深く肯き、同じく参加ミュージシャンを褒め称え、
「バイナリキッドって知ってますか?」
と聞いた。

 店員は「知りません」と言った。この言葉にはいきなりめげてしまいそうだったが
「知らないなんてダメじゃないですか」
と逆切れしてみた。店員は
「すみません」
と謝ってきた。すかさずヒロポも
「すみません」
と謝り、心の中でニヤリとほくそ笑みながら店員の無知を許すことにした。


 強気の会話が功をそうしたのか、無事タコシェにCDを納品できる事になった。

 店員は言った。


「納品書、書いて下さい」


 ヒロポは元気よく答えた。


「納品書なんて持ってません!」


 かつて納品書を持っていない事をここまで偉そうに開き直る人間がいただろうか?


 それからヒロポは「登録カード」を記入したのだが、団体名欄に自分の名前を書いてしまったり、代表者名に本名を書くことを拒んだり、傍若無人な態度を取り続けたのだった。


「このイベント、あなたは来なければならないッ!」


 自身が主催する「バイナリキッドのギャング・オブ・ニューニューウェイブ」のフライヤーをもはや言葉をなくした店員に強引に渡し、さて帰宅しようと素に戻りかけた瞬間、先日新宿ロフトで数年ぶりに会った知人Yとタコシェで突然の遭遇。



「……最近、よく会うね」


「そ、そうだね……。どう?」


「え、何が?」


「いや、いろいろと……」


「ああ、イベント来ていいよ。マジやばいから。人集まらなかったら人生終わるから……」



 何かが起こるという予感は知人であるYに一部始終を見られるという事で、的中。
 そして最後まで見事に強気を貫いたヒロポであった。


 画像はまんだらけ鉄人28号を撮影したらキモオタ店員に怒られたので代わりにその辺にあった館山のポスター。


 タコシェ店員さんすまんかった。ごめんなさい。
 ヒロポはまともですじゃ〜!