法政大学ライブでのお話し

 今日は先日行われた法政大学新歓ライブでのバイナリキッドのお話ですじゃ。





 エンドロールのピコピコが流れる中、演奏を終えた彼らはステージに戻った。
 激しいパフォーマンスの末、エフェクターは全てひっくり返り、配線は複雑に絡まり合っていた。毎度の事だが、ライブ後のヒロポは自分でこの機材を片付けなくてはならない。


「今日の演奏は酷かったな。でもなんだか、よかったなー」


 朦朧としながらヒロポが顔を上げると、彼らのバンドに対して小さいけれどアンコールが起こっていた。

 ○

 4月18日、法政大学多摩キャンパスのライブ企画に呼ばれ、バイナリキッドは演奏を行った。数々の名盤を残しているブラッドサースティ・ブッチャーズ、田渕ひさ子氏が在籍しボーカルを務めているトドル、盟友である坂本移動どうぶつ園、法政大学の学生バンド達と共演。どのバンドも素晴らしい演奏を聴かせた。しかし、バイナリキッドと坂本移動どうぶつ園が演奏のために与えられた場所は700名収容可能なメインステージのエントランスである、エレベーターホールだった。


 ヒロポは会場に着くなりげんなりとしていた。新宿から京王線に乗り、聞いたこともない駅で降車し、バスに乗り換え、思えば遠くまで来たもんだ。
 こんな所まで自分らの演奏を観に来てくれる人がいると言うのに、音響設備もままならぬ場所で演奏せよと言うのか。


 くそったれ共が。
 やってやんよ。
 学食のうどんのようなパスタをかき込みながら、俄然やる気のヒロポであった。



 続々と集まるバンドのメンバーたち。仲間達は一体何を思っただろうか。怒りが沸いてきただろうか。それともどうだっていいのだろうか。お互い口には出さない。やれる事をやるだけだ。


 楽屋は坂本移動どうぶつ園と同じ「研修室3」だった。普段この部屋でいかなる研修が行われているのか考えるとヒロポの滅入った気分に晴れ間が差した。
 いつの間にかミシガンがホワイトボードの前に立ち、にわかにガンダム講座を始めた。ぐはいつの間にガンダムに詳しくなっていたのだろう。次々とミシガンの問に答えていく。その様子をビデオに収める。ひたすらバカ話が続く。




 ほどなくして坂本移動どうぶつ園の演奏が始まった。
 想像以上の音響の悪さだった。オケ用CDの再生にポータブルプレイヤーを使用している為、何度も曲の途中でオケが止まってしまった。音飛びも激しく、エントランスホールのたっぷりとしたリバーブと相まって凄まじいカオスっぷりを演出していた。

 客がPAに、

「ちゃんとやれよ!」

と怒鳴り出した。
 威勢のいい人がいるものだと見てみると、知っている顔でヒロポは笑ってしまった。
 PAの学生は「弱ったなぁ」という表情をしながら、不慣れなのかPA卓の操作に苦労をしていた。


 サブステージでの演奏が始まって数分後、階下にいる学生から苦情が入り、対応に追われる企画代表者にヒロポは同情もしたが、客観的に考えると誰の目から見てもこんなところで演奏させる方が無謀だと思い「無事に我々は演奏出来るのだろうか」と不安になった。


 音響条件の悪さ、「果たしてこれはブッチャーズと対バンと言えるのか」という自虐的な疑問、モチベーションの上がらなさをものともせず、坂本移動どうぶつ園のライブは盛り上がりを見せた。彼らとバイナリキッドは高円寺円盤を通じて初期の頃から共演の機会に恵まれてきたが、そこらのバンドとは場数が違う。彼らは前回の法政大学野外ライブにも出演したが、ライブ開始のイントロが流れる中、車で颯爽とステージ前に登場した彼らは守衛の男に、

「ここに車で乗り込んじゃダメ!」

と怒鳴られ、捕まって怒られると思いそのまま車で会場を後にしたのだった。演奏時間イントロのみの30秒。虚しすぎる。
 しかし坂本移動どうぶつ園はこの度この様な音響の中、見事な演奏をやってのけた。
 バイナリキッドも同じ条件が与えられている。一体どうなるのだろうか。不安は拭えなかったが、やれることをやるだけだった。




 リハーサル代わりの音出しが終わり、バイナリキッドの演奏が始まった。
 扱いの悪さとあまりの音響の悪さに歌う気にもならず、ヒロポはマイクを床に叩きつけた。
 同時にヘイコックのドラムが疾走する。
 オリベがタッピングでメロディを奏で、飛び跳ねている。
 ぐが鍵盤を打楽器のように叩きつける。
 ミシガンがニヤリと笑った。
 目の前にバイナリキッドの演奏を観に来てくれた人達がいる。
 少し離れた所には傍観している人達がいる。


 あいつらだ。


 あいつらをびびらさんと、気が済まない。


 へこんだマイクを掴んで天井によじ登るヒロポ。
 そこから会場の様子を見渡す。
 くそう。どいつもこいつも、舐めてやがる。
 うれしいような悲しいような気分で泣き出しそうになってしまう。


 ホールの反響のせいだろうか。


 ぐるぐると音が回る。


「あいつらが
 俺のアホ顔を
 見上げている」







 天井から飛び降りた。




 ○



 ブラッドサースティ・ブッチャーズの演奏を聴きながら、ヒロポはうなだれていた。



 今回の企画に期待して遠くから自分達の演奏を観に来てくれている人や、仲間達に、良い場を提供出来ずに申し訳ない気持ちで胸が締め付けられた。同時に怒りもこみ上げてきた。
 しかし一方で、一生懸命企画運営を行い、数あるバンドの中から自分達を呼んでくれた学生達にも申し訳ないと思っていた。出来るだけ笑顔で接したのだが、もしかしたら自分の顔はひきつっているのではないかと思ったのだ。


 『ファウスト』が演奏されている。
 ヒロポは次第に学生の頃の自分はどうだったかを思い出していた。


 学生時代、ヒロポは深夜にも関わらず爆音で音楽を聴いていた。
 家族の問題、自分の将来、人間関係、学校、社会政情。どうしようもないことまでも、総てを何とかしようとしていた。
 かっこつけた人間や偉ぶった人間が心底嫌いで、「俺達、セックス、アルコール、ロックンロールが信条です。やっぱりドラッグはダメだから」と当たり前の事を言い放つずっこけバンドを始め、アナーキーの仲間だかなんだか知らないがパンクバンドの型にはまり込み、つまらない演奏をするおっさんバンド、ローカルタレントになり果てたミュージシャンなど、地元の演奏家全てをバカにしていた。
 本当に、心の底から凄いと思えるバンドを組みたかった。
 けれど、あの頃の自分は何も行動出来ないでいた。




 ヒロポとミシガンが学生の頃、仲間達と何度か共同で展覧会を開いた。ふたりは同じ学校、同じクラスで絵を描いていたのだ。
 作品を制作しながら企画を始め、仲間を募集し、会場を押さえ、広報を行い、深夜には生活の為にバイトをこなし、ギリギリまで作品に手を加え、最終的に納得できぬままくたくたになって搬入・設営し、当日を迎えた。


 会期中、客などほとんど来ない。
 それでも、散歩中の老人が何かのついでに寄って絵描きのたまご達と話をしていく。

「この『河童と相撲を取る時は腕を掴んでぐるぐると回すと良い』という作品は面白いですね。どなたの作品ですか?」

「僕です」

 ヒロポの作品だった。。

「大きな作品ですが、どこに河童が描かれているんですか?」

「河童はどこにも描かれていません」

 老人は吹き出し、納得したのかしないのか、帰っていった。
 幅30メートルの作品の隅々までくまなく目を凝らそうが、河童は見付からない。
 描いていないからだ。



 外国人の母子が訪れた時は、母親に抱かれた幼児がミシガンの動く立体絵画『ゲルマン君』を見て泣き出してしまった。
 彼らは、外国人の子どもが、

「マンマァァ〜!」

と言って泣くのは映画やドラマの中だけでない、現実の事なのだと初めて知った。


 展覧会も終わりに近付いた頃、『ゲルマン君』を買取りたいと申し出た夫婦がいた。
 値段を聞かれたミシガンは、

「10円です」

と言ったという、まことしやかな噂話が残っている。






 ○



 ヒロポはギターの調律を終えた。
 アンコールを求めてくれた人達と学生達に、聴いてもらいたい歌があったのだが、予期せぬ事が起こった。
 学生バンドが演奏の準備を始めてしまったのだ。
 メンバーはそれを見て、察し、会場を後にした。自分達の出番は終わったのだ。
 ヒロポはギリギリまでその場に残り、聴いてもらいたいと思った曲の代わりに、練習中の新曲を歌い出した。



 ちょっとした病気で
 君は病院に
 入院するはめに
 なっちまったという

 僕はそれを聞いて
 急いでお見舞いに
 君の好きなプリンを
 買っていったという
 ちょっとした病気で



 思ったより君は
 元気そうだったけれど
 少し痩せたように
 見えたという
 僕がプリンを渡すと
 君は小さな声で
 「ごめんね、食べられない」
 と、目を伏せたという
 ちょっとした病気で



 君はやっぱり
 いつもと変わらず
 どうでもいい話を
 僕に聞かせたという

 「元気になったら
  また海に行こうね
  陸が見えなくなるくらい
  遠くまで泳ごう」
 ちょっとした病気で



 ある時僕は
 君の気持ちを
 特別な気持ちを
 知ってしまったという

 それから僕は
 君のお見舞いに
 もう二度と
 行かなくなったという
 ちょっとした病気で
 ちょっとした病気で
 ちょっとした病気で
 ちょっとした病気で





 最後まで歌うどころか、ほんのさわりまでしか歌うことが出来なかった。
 そもそもこの日は数多くの人に自分達の演奏を観てもらえると期待していたが、メインステージとサブステージ同時進行の為、予想を遥かに下まわる人数にしか観てもらうことが出来なかった。


 落胆していたが、それでもヒロポは満足していた。


 自分達は真剣に演奏をしたし、法政大学の学生達も予想出来なかったであろう数々の苦難を恐れる事なく、企画を実行に移していたからだ。
 きっと会場にいた全ての人が、形は違えど気持ちが揺り動かされたに違いない。
 真剣にやったかやらないか。
 それで十分なのだ。





 以上、法政大学ライブイベントのお話しでしたじゃ。
 たしかに音は酷すぎたwww
 でもよかったんじゃないかのう、とわしは思ったよ。
 孫も、学生さんたちも精進あるのみじゃぞ。

 法政大学の皆様、出演者の皆様、会場に足を運んでくだすった方々、お疲れ様でしたじゃ。

 孫達は学生さんを応援しとりますじゃ。
 相談すると親身になって協力してくれるし、頼りがいあるはずじゃよ。
 わしもおばけじゃけど、おばけなりになんか応援するぞよ。
 カタイ事いう先生共の夢に出て祟ったり呪ったりとか。



 画像は坂本移動どうぶつ園のサイン。
 峯田和伸殿が帯コメントを書いている彼らの代表作『未完のバナナ』絶賛発売中じゃ。
 わしも推薦ちうー。

 じゃまたー。
 26日UFOクラブで会おうの。
 霊障起こすからの。