■ヒロポはステージにたった。

ライブハウスに着いた時、とっくに月本正さんの演奏ははじまっていた。
僕はいつも時間が守れない。
きっと決意が弱いのだと思うが、「まーいっか、これくらい」と思ってしまう。
そして周りの優しい人間に守られてぬくぬくと生きている。
するとやってくるのはいつものアレだ。

「クズ人間ヒロポ死ね」

そんな僕の脳ミソに、彼らの歌は突き刺さる。
阿佐ヶ谷イエローヴィジョン、2013/10/12。
月本正さん、MIR。
僕が上京してバンドを始めた頃、目黒の狭いスタジオで行われていたライブイベントで知り合ったミュージシャンたち。
バイナリキッドのレコーディングに参加してもらったミュージシャンでもある。
久しぶりに観た彼らの演奏は感慨深かった。
何も変わらないような、何もかも変わってしまったような。


「ヒロポ、バンドどうなの?」
と聞かれても、返す言葉が見つからない。
(いや〜、全然やれてないね〜)
「やったらいいのに!」
(うん、やりたいんだけどね、どうもねぇ)


みんな今の僕を分かってくれてて、聞いてくれてるその優しさが嬉しくて悲しくなる。


やれる訳がないのだ。
楽しい事や、やりたい事やってる場合ではないのだ。
余計な事は考えないで、やるべき事をやればいいのだ。
それでいてわりとハッピーなのだから、構いやしない。


イベントが一通り終わり、みんなでセッションをする事になった。
僕の事も誘ってくれた。
彼らの音と言葉と、アルコールの酩酊の中、ワクワクと虚無が僕の背中を押した。


自分を試してみたくて、けれど何もできない自分に自信がなくて、何もかも楽しめない自分。
自分だらけの箱に詰められてアレの事を思った。


けれど僕はもしかしたら何か期待をしていたのかもしれない。
久しぶりに仲間と会ったら背中を押してもらえるかもしれない。
もう一度音楽を創造するきっかけになるかもしれない。


どうせ何にもできやしないくせに、誘われるがまま、ともかく音をだした。
何曲かわめき散らして、喉がいかれた。
ギターをかきむしって、柔らかくなった指先が痛くなった。
汗が噴き出し、このステージを何とか盛り上げねば! と思った。
自分の歌を歌ってみたりもした。
けれど脳汁が出る穴はもうとっくに塞がっていて、昔は自己管理出来ない汚染水ほど漏れていたのに、結局、納得できないままステージは終わった。


僕との共通項をみつけたのだろう。
セッション後、ステージに参加していた踊り子の女性が「おもしろかったですね!」と話しかけてくれた。
凄く良い人なのに、僕は僕自身の問題でイライラして、彼女が提供する話題……なぜか執拗にゲイトークを繰り広げるのだけど、それに調子を合わせるふりをしながら揚げ足ばかりとったので話題に詰まり、すっかり困らせてしまった。
僕は僕で、ニコニコと無害な人間を装いながらその実、意地の悪い話題の振り方をする自分がイヤになって、いたたまれなくなってしまった。


もっといいステージがやれたらこんな気分にはならなかっただろうし、もっといいステージをやるためには音楽の事や自分の事を考えて、他人に感謝しておかなきゃならなかった。


「才能も無いのに音楽なんかやるんじゃなかった」
考えてはいけない事が頭をよぎる。
ドラマかなんかでよくある「あんたなんかと結婚するんじゃなかったわ!」「もう俺たち終わりにしよう」と同じくらい陳腐で恥ずかしい。けれど、僕にとっては真剣な問題だった。


家に帰って、何をしたらよいか分からなくなって「Smells Like Teen Spirit」のイントロを弾いた。
まぁ、恥ずかしくなるだけだった。


上に「ワクワクと虚無に背中を押された」と表現したけれど、まだ苦しむ事ができているので、ナンニモナイわけじゃないのだと屁理屈をこねて前を見ようとするふりだけはしておく。
苦しみが歌になったりすることもあるだろうし、『夜と霧』なんて本もあるし、前を向いているふりだけしておけば周りに心配かけることはないし。


おいおい、ヒロポしっかりしろよ、わけわかんねーよって笑われちゃうだろうな。
ともかく、久しぶりにステージに立ったんだよっていうおはなしでした。

とっぴんぱらりのぷう。