幻の曲『ミシガン、なんで昨日先に帰ったの?』について

 昨夜、ロフトAの遊撃隊長こと天野宇久さんから呼び出されてしまった。ドキドキ。なんやろかー。ドキドキ。暴れすぎてもの壊したんかなー。いろいろ考えながら高円寺の激安大盛りステーキ食べてからロフト行ってきた。

「バイナ、マイク忘れていっただろ! あと少しだけどギャラやるからな。TV収録のノルマの足しにしてくれ」

 ギャヒ〜! 家に帰って封筒開けてみたら少ないどころか大金が入っていた! 天野さん、ありがとうございます! ステーキにニンニク乗せすぎたため口めっちゃ臭くてすみません! ぼくらのことバイナ・リキッドだと思ってるのか“バイナ”って呼ぶのは違うと思いますが、ありがとうございました!
 いただいたお金で“心”と言う字を書いて早速バイナ貯金にさせていただいた。バイナ〜☆(貯金が増えた音)




 ロフトAに行く途中、ミシガンとたまたまバッタリ会った。ミシガンとは時々こんな風に偶然が重なって、道端で会いたい時に会えたり、または会いたくない時に会ったりする。このバンドをはじめるときもそうだった。ミシガンはこんなこと忘れてるかもしれないけど、僕はよく覚えてる。
 かつて僕は東京に来て職を失い、一日中図書館で本を読んで過ごしていたことがあった。その頃ミシガンは上京するためバイトしまくって金を貯めていた。ふたりとも、灰色の人生をボンヤリと、それなりに過ごしていたのだ。そんな時に、ふと思うことあって、僕はミシガンに電話してみた。話し中だった。ミシガンは電話もメールもほとんどしないのに。おかしいなと思った。話し中なんて事は滅多にないのにさ。
 やっと繋がったとき、お互いがお互いに電話していた事がわかった。そしてすごいことに、ふたりとも用件は同じだったんだ。
「なんかまたやろうよ! 前みたいにバンドしたいよ!」
 と、僕もミシガンも話し合った。10分くらいだったけど、うれしかった。絶対いいバンドになると思った。そしてふたりで「2進法の子ども」バイナリキッドを結成した。






 こないだ、テレビ収録ライブが終わって、ミシガンは打ち上げに行かずに、信号のとこで突然「帰る」と言い出した。

「靴下洗うから」

 という言葉を残して。観に来てくれていたある女の子もいつの間にかいなくなっていた。

 僕はミシガンに彼女がいるなんて知らなかったけど「そりゃミシガンいくらなんでも不自然過ぎるだろ!」と思った。周りには他のお客さんもいるわけで。かなり焦った。なんで隠すん? ヤバイの? なんなんだこれ? 僕はかなり焦った上で、やりたいことをやることにした。


 翌日、ロフトAでのリハもそこそこに、ミシガン以外のメンバーでスタジオに入った。ミシガンが即興で歌う曲を作るためだ。これ、妙なごまかしみたいな事をしたミシガンをやっつけるためなんかじゃない。逆だ。僕はミシガンを心からお祝いしたかったんだ。彼はいなかったけど打ち上げで、やろうと言うことになったんだ。
 “ぐ”がキーボードにプリセットされているチープなリズムトラックを見付けてくれた。オリベ・Uが即興で見事なリフを重ねてくれた。ヴィワコがスネアだけとは思えない表現力で叩いてくれた。こうしてこの日の為だけに作った曲『ミシガン、なんで昨日先に帰ったの?』が出来た。







 本番。
 当然ながら、ミシガンは歌い出せなかった。僕は、このまま無し崩しに曲が終わってはバイナリキッドの名折れだと焦っていたら、脳汁がMAXを越えた常態になり、いつの間にか出来ないラップを恥ずかしげもなく歌い出していた。よく覚えてないが、確かこんな感じだ。



 YO!
 ミシガーン、なんでオレにだまってる?なんでー?(なんでー?)
 ミシガン、オレのマブダチなのに! なんでー? (なんでー?)
 YO! カノジョが出来たの言ってくれYO(なんでー?)
 言ってくれないのォ!
 カモン!

 なんでー? なんでー?
 (なんでー? なんでー?)
 なんでー? なんでー?
 (なんでー?なんでー?)←お客さんも一緒に


 ところでミシガーン!
 早く歌い出せYO!
 オレはもう限界!
 あの子の事愛してるかい?
 (無理矢理韻をふんでみる)

 愛してるっていってやれ!
 愛してるっていってやれ!
 3・2・1!

 「愛は……丸いんだーー!」(ミシガン絶叫)


 後から他のメンバーに聞いたら「あまりにもカオスな状態で全然いい演奏ができなかった」らしい。ミシガンなんて「マジで頭が真っ白になった」って。そりゃそうだ。僕もだし。なんか最後の『君が描いたマンガの世界』で歌いながら涙が出てしまったもん。








 昨日、ミシガンと偶然会った時、彼は僕のことぶっ殺してぇみたいに思ってんじゃないかと思ってた。おとといはロフトAで変な曲やって、昨日は日記にあんな風な事を書いてさ。あんな歌で、バカにしやがってと思ったかもしれないと思った。しかし、彼はそんな怒りは少しも出さずに僕と一緒にニコニコしていた。

 何故かというと、その時、僕は僕の好きな人と一緒にいて、ミシガンはミシガンの好きな人と一緒にいたからだと思う。









 あのよ!
 中にはミシガンの事ファン食いだとかキタネェもんみたいに思うやつもいるみたいだけどよ、ミシガンが作ってる歌、ちゃんと聞いてんのかい。ミシガンの昨日のmixi日記、読んだのかい。
 その男は自分を醜悪でみっともなくて一生誰からも愛されないと思ってるようなやつなんだ。修学旅行のお金を自分でぜーんぶ新聞配達で稼いで行って、それを今じゃ笑い話にしてるようなやつなんだ。そんなやつの目の前に、バカにしてるみたいな「愛してる」だの自分勝手な「好き」だの言うやつらと全然違う、ミシガンだかミシガンの中の人だかよーわからんがな、心に染み入るような「円」をくれる女の子が現れたら、あんたどう思う?
 僕なら、一生、離さないな。